文化の進化(その1の繰り言)

「増えるものたちの進化生物学」では、「生命」の定義を「同じ性質を持つモノの数量が増える物理現象」としている。その物理現象には「環境」が影響する。ある環境では、その環境に対して最適な性質のモノが増えるであろう。環境が変わると、またその新たな環境に適した性質のモノが増える。その連なりが「進化」と呼ばれていて、その末裔の一端が「ヒト」ということになる。
一方、「文化」はどうだろう?
「文化」は物理現象ではなく、担い手とする物理現象(生命)があってこそ成立する。だから、「環境」が影響する。その「環境」は物理的な環境だけではなく、過去から自身が引きずっている「文化」や、外部の「文化」や人為的圧力(戦争など)も包含されている。また、文化の変遷や多様化はあっても、必ずしも「増えて蔓延する」というわけでもない。そこが「生命」とはちがう。
科学技術的文化に関しては、以前、台湾の故宮博物院で秦時代の弩弓(クロスボウ)の「引き金(トリガー)」モジュールの出土品を見たが、16世紀の火縄銃のトリガーよりももっと精巧にできているようなのには本当に驚嘆した。2000年近く経過していても全然進歩していないじゃん!と思った。
人文科学的文化は紙と筆で出来るので、もっと変遷・多様化が多いのではないだろうか? でも「進化」と言えるのかどうか?

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です